色褪せない超高級住宅街・田園調布の歴史と今

散策スポットやグルメスポットが目白押しの田園調布本町エリア一帯

東京の高級住宅街の代名詞である「田園調布」。この美しく閑静な住宅街は、作られるべくして作られた。日本の実業界における明治から大正期最大の指導者であり「日本資本主義の父」と言われる偉大な実業家・渋沢栄一氏の理想を実現した街なのである。

「田園都市」という言葉は、19世紀後期のイギリスで提唱された「住宅と庭園の共生する新しい形態の都市」構想で、その思想に共感した渋沢栄一が、渡欧を重ねながら東京での田園都市づくりを計画した。氏が立ち上げた「田園都市株式会社」は宅地開発と鉄道事業をともに行ない、1918(大正7)年から当時の多摩川台地区を開発、現在の田園調布が生まれることになった。1922(大正11)年より分譲が始まり、当初から名士や著名人が邸宅を構えることになった。駅を中心に放射状に伸びる並木道は、パリの凱旋門周辺を参考にしたと言われている。

この時代にヨーロッパの良き街を再現した都市計画は画期的なことであった。見た目だけではなく思想から作られた街並みの美しさは、今でも輝きを失っていない。文化人・政治家・スポーツ選手などの邸宅も多く、ステイタスを保ち続けている。

東急スクエア ガーデンサイト

田園調布のシンボルでもある旧駅舎は1923(大正12)年の建築で、当時の東急目黒蒲田電鉄が目黒~丸子間を開業させた際に造られた。赤い三角屋根は中世ヨーロッパの民家がモデルとなっている。老朽化により一時取り壊されたが、地元の強い要望で、2000(平成12)年に同じ場所に再建された。現在は地下駅に向かう連絡口となっている。かつて線路があった場所には「東急スクエアガーデンサイト」が建っている。駅が地下化し、街の開発から70年以上経った時に、田園調布の街をもう一度見直すため作られた、お洒落で高級感のあるショッピングセンターだ。内容は現代的なショッピングセンターでありながら、ヨーロッパ風の建物で、もともとの景観を崩していないのはさすがである。

田園調布せせらぎ公園

「田園調布」駅から「多摩川」駅へ向かうエリアでも田園調布らしさを失わないよう街づくりが進められている。2002(平成14)年にはかつての多摩川園ラケットクラブ跡地の一部を「田園調布せせらぎ公園」として開園。起伏を活かした遊歩道、四季折々の樹木、自然の湧水、草っぱら広場などがある。園内からの景色は周囲に高層の建物が少ないため、空が広く見晴らしの良い場所となっている。また周辺には水と緑の「六郷用水跡」が伸びており、その先沼部方面へ進むと福山雅治が歌のモデルにしたと言われる「桜坂」がある。

田園調布倶楽部

田園調布せせらぎ公園の反対側には一軒家レストラン「田園調布倶楽部」がある。1Fがカフェで、各フロアにより趣の異なる内装となっている。レストランウェディングの人気店としても知られている。またそのすぐそばには同店が経営する「AQUA LOUNGE(アクアラウンジ)」があり、アクアリウムとラウンジが融合した店内では、たくさんの魚たちを鑑賞しながら、ムーディーに食事やアルコールが嗜める。

六郷用水跡(田園調布南付近)

田園調布の一部地区では、町会が独自に制定した「田園調布憲章」や地区計画によって、敷地面積の最低限度や建物の高さなどが厳しく規制されており、乱開発がされないようになっている。また、田園調布は固い粘土層や砂によって作られた「田園調布台」と呼ばれる台地の上にあるため、地盤の良さは首都圏でもトップクラス。歴史があるだけではなく、安心・安全な環境がある「田園調布」は、これからも格調高さを失うことはないだろう。

多摩川丸子橋緑地

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